ペリェシャツ半島は、ドゥブロヴニクから車で約 1 時間ほどの場所にある自然豊かな半島。
日本での知名度はまだまだですが、実は見どころが沢山ある素敵な場所。
ヨーロッパ有数の長大な城壁、食通の間でよく知られた牡蠣とムール貝、1000 年以上続く伝統技法で作られるまろやかな塩、独特の地形を活かし固有種で作られるワインなど、1 日では遊びきれないポイントが満載です。
まだ観光地化もさほど進んでおらず、クロアチア海岸沿いのダルマチア地方の地方都市ののどかな魅力をギュッと濃厚に味わうことができます。
今回は、そんなペリェシャツ半島の魅力の一つ、ワインについてご紹介します。
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ペリェシャツ半島とワイン
ペリェシャツ半島は、東西には 65 km もあるのに、幅は場所によってはたったの 1.5 km ほどしかない、非常に細長い形をしています。
そして、こんなに細長いのに、最高峰は 961 m(神戸の六甲山より 30 m ほど高いくらい)。
全体的にとても傾斜のきつい土地です。
ペリェシャツ半島の西端部分、ペリェシャツ海峡をはさんですぐ目と鼻の先には、マルコ・ポーロ生誕の地とも言われ、クロアチア最古のワイン生産地の一つでもあるコルチュラ島。
このコルチュラ島と合わせて、ペリェシャツ半島にはワイナリーがたくさん存在します。
傾斜がきつく、入り組んだ地形のペリェシャツ半島では、斜面の角度、標高、海との角度など、さまざまな要因により、隣り合わせの土地であってもわずかずつ気候が異なります。
また、機械化も難しく、農地やブドウの手入れをするには、どうしても人の手が必要。
以上のような理由で、ペリェシャツ半島は、均質なワインの大量生産には向きません。
ただ、その分、個性的でレアなワインが非常に多い。
そして、大量生産ができない分、ワイナリーとしては、高い品質や豊かな個性を追求し、プレミアムワインに喜んでお金を払う、根強いファンを獲得することがその成功に直結する重大事。
そのため、凝り性なワイナリーが生まれやすい場所でもあります。
結果として、独特の風味と香りがあり、クロアチア国内のみならず、世界のワインコンクールで高い評価を受けるワインを数多く世に送り出すユニークな場所となっています。
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ペリェシャツ半島を代表する赤ワイン品種: プラヴァッツ・マリ
ペリェシャツ半島といえば、まず名前のあがるブドウは、クロアチア国内で広く栽培されているプラヴァッツ・マリ(Plavac Mali)種。
なんと、ペリェシャツ半島で栽培されるブドウの 90 % がプラヴァッツ・マリなんです。
プラヴァッツ・マリは、「青くて小さい」という意味の名前の通り、皮は青みががった黒。
全体的には小粒で、一房に熟度も大きさも不揃いな実がなる、タンニンと糖度の高い品種です。
アメリカでジンファンデル、イタリアでプリミティーヴォと呼ばれる、クロアチア原産の品種(クロアチア名: ツルリェナク・カシュテランスキ Crljenak Kaštelanski、別名トリビドラグ)がありますが、プラヴァッツ・マリはこの近縁にあたり、味わいにも多くの共通点があります。
ダルマチアでは、ボリューム感、濃厚な黒系フルーツの香りのある、エネルギーに溢れたドライな辛口ワインが好まれることが多いため、プラヴァッツ・マリもそういうローバストな方向に作っている物が多いです。
ただ、ワイナリーによっては、このエネルギーをうまく熟成させ、繊細さや優美さ、まろやかさを生み出して、非常に完成度の高いワインに仕上げてくるところもあります。
かなり作りての個性が出やすいブドウなので、飲み比べすると楽しいワインです。
ただし、アルコール度数は得てして高く、14 〜 15 %、時にはそれ以上に達することがあるほどなので、飲み過ぎにはお気をつけて。
なお、プラヴァッツ・マリは通常の赤ワインだけでなく、ロゼ、そして天日干ししたブドウで造るデザートワイン、プロシェック(Prošek)の形でも楽しむことができます。
プラヴァッツ・マリのプレミアム産地: ディンガチとポストゥプ
上述の通り、ペリェシャツ半島で生産されるブドウの 90 % を占めるプラヴァッツ・マリですが、この内、最高級マイクロリージョンとされるのがディンガチ(Dingač)とポストゥプ(Postup)。
ディンガチはペリェシャツ半島の外海側(南側)、ポストゥプは内海側(北側)にありますが、いずれも凄まじい急勾配の土地。
長い日照時間と、白い石灰岩と眼前の海からの照り返しで 3 つの太陽に照らされる場所、と表現されます。
両方とも、産地には EU の原産地名称保護制度が適用されていて、該当地域以外で作られたものには「ディンガチ」「ポストゥプ」という名前を使用することができません。
いずれも、濃厚な黒系フルーツのパワフルな香りにスミレや黒胡椒の香りが味付けをし、それにかすかにわら半紙のような乾いた香りがのった感じのユニークで複雑な香りを特徴としています。
そして甘い香りに対し、味わいは甘くなく、ドライな辛口。
重心はやや重めですがズシッとした重さではなく、ブワッと広がる味をほどよく地面に降ろしてまとめあげるような、香りと味とのバランスがとれたところにあります。
筆者は、よくできたプラヴァッツ・マリは本当に太陽のようなエネルギーのあるワインだと感じます。
ダルマチアの海と、石灰岩の切り立った崖でたくましく生きるブドウの力がそのまま感じ取れるような。
ディンガチ、ポストゥプのワインは日本にはほんの少ししか輸入されていないですが、その中だとスカラムーチャ・ワイナリーのものなどは現地でも評価が高いのでおすすめ。
ペリェシャツ半島を代表する白ワイン品種: ポシップ
代表的な品種として広く生産されるプラヴァッツ・マリ種の赤ワイン以外にも、ペリェシャツ半島では白ワイン、そしてわずかですがロゼワインも生産されています。
特に人気のある白ワインといえば、まず挙がるのはポシップ(Pošip)。
ポシップは、ペリェシャツ半島の鼻先にあるコルチュラ島(Korčula)で発見され、栽培されるようになった固有種。
コルチュラのスモクヴィツァ(Smokvica)およびチャラ(Čara)産のものが最も有名ですが、ペリェシャツ半島でも栽培されていて、ヴァラエタルとブレンド、いずれも人気があります。
数千年のワイン生産の歴史を持つクロアチアには、ギリシャ、ローマ時代からワイン生産に利用されてきた固有種が多く存在します。
しかし、その相当数が、 19 世紀頃、ヨーロッパのブドウを全滅寸前まで追い込んだフィロセキラ(ブドウネアブラムシ)禍で姿を消しました。
このポシップ種は、フィロキセラ禍の後に、コルチュラの山中にある小さな集落、スモクヴィツァで栽培されていたのが発見され、ワイン造りに使用されるようになったもの。
スモクヴィツァの人々がそのまま食べたり、自家用ワインをつくったりするために、お庭などで育てていたものだそうです。
ポシップは結実から熟すまでの期間が短いタイプのブドウなのですが、早熟タイプのブドウとしては驚くほど強い甘みがあるのが特徴。
しかも、ただ甘いだけでなくキリッとした酸味もあるため、ワイン生産に使用されるブドウとしては珍しく、普通にフルーツとして食べても美味しいです。
ポシップのワインは美しい金色。
元の実の糖度が高いため、アルコール度数も 14 度前後と高めです。
イチジク、シトラス、アプリコット、アーモンドを連想させる華やかでフルーティーな香りがあり、爽やかな甘みを持ちながらキリッとドライ。
そのまま飲んでよし、食事と合わせてよしのオールラウンダーです。
クロアチアの白ワインの中でもプレミアムワイン扱いのものを多く生み出しており、非常に完成度の高い、美しいワインがたくさんあります。
ペリェシャツ半島の希少ワイン
ペリェシャツ半島のワインは、大部分がプラヴァッツ・マリ、残りの大部分がポシップで、それ以外の生産はごくわずか。
しかし、最近は冒険心のあるワイナリーも増え、外資の参入も相次いでいるため、この 2 種以外のブドウの栽培にトライするワインメーカーさんが増えてきています。
グルク(白)
固有種の多いクロアチアでも、グルク(Grk)はかなりレアな存在。
まず、栽培数が非常に少なく、コルチュラ島と、ペリェシャツ半島のごく一部でしか育てられていません。
グルクは、このあたりにはあまり存在しない、砂地を好む種。
繊細で気難しいブドウで、栽培が難しく、生まれ故郷のコルチュラ島以外では栽培の成功率が極めて低いです。
ただし、砂地を好むのはラッキーなことでもあり、フィロキセラは砂地を嫌うので、これにやられてしまうことはありませんでした。
さて、このグルク。
そもそも繊細で育ちにくい上、グルクには雌株しか存在しないので、単独では結実しません。
そのため、グルクに結実させるためには、他の種類のブドウと混植が必須。
通常はプラヴァッツ・マリをグルクの畑に一定間隔で植え込み、プラヴァッツ・マリの花粉を受粉することで実をつけさせます。
そのため、ただでさえ少ない収穫量が必然的により低くなるという…。
手のかかる子、グルク。
さて、グルクの主な栽培地はコルチュラ島ですが、コルチュラでも、グルクを栽培する農家はさほど多くはありません。
知名度も、ダルマチアの沿岸部を除いてはさほど高くはないのですが、とても美味しいワインができるので、グルクというブドウを知らずに初めて飲んで熱烈なファンになる人も多いです。
数ブランド、非常に評価の高いワイナリーがあり、そういったところが、この貴重な固有種の生き残りの鍵を握っているのです。
特に有名で、作れば作るだけすぐ売れていってしまうと言われるのが、ビレ(Bire)というワイナリー。
さて、ペリェシャツでは、固有種を活用したワインにこだわりのあるワイナリー、クリジュ(Križ)がグルクを栽培し、ワイン生産を行っています。
クリジュはのワインも非常に人気があり、グルクは生産量が少ないので即完売御礼になりがち。
クリジュはプラヴァッツ・マリもとても美味しいです。
さて、グルクのワインは緑がかった金色、とても爽やかできれいなワインです。
ドライでしっかりしたボディがあり、最後にくるかすかな苦味がキュッと引き締まった爽やかな後味を残します。
シトラスにハーブが加わったような香りは複雑かつまろやか。
清々しい酸味と硬質なミネラル感があり、コクのある味わいをさっぱりとまとめ上げます。
少々お値段がはっても、見つけたら飲む価値ありです。
マラシュティナ
マラシュティナ(Maraština)という、こちらもダルマチア固有種のワインも、量はさほど多くないですが、ペリェシャツ半島の広い範囲で栽培されています。
こちらはペリェシャツ半島に限らず、ダルマチア全域で広く育てられていますが、それぞれの土地でブランド化されていて、ラストヴォ島(Lastovo)のものはルカタッツ(Rukatac)、クレス島(Kres)のものはクリゾル(Krizol)など、さまざまな名前で呼ばれています。
熟すのに長い日照時間が必要で、長く日にさらされるほど黄色みと甘みが強くでます。
さて、マラシュティナはアルコール度数 12 度前後、酸味は少なめ、甘くてフルーティ、軽いといった特徴から「女性向き」と言われることも。
ヴァラエタルも存在し、デイリーワインとして親しまれていますが、どちらかというと、酸味の強い品種とブレンドされることが多いです。
ダルマチアのレストランなどでは、ハウスワインにマラシュティナを置いているところも多く、身近な品種です。
ロゼワイン
ダルマチアでのロゼの生産量はかなり限られていますが、世界のロゼ大流行を受け、近年は増加傾向にあります。
使われるブドウは、ほぼプラヴァッツ・マリ。
…なんですが、筆者個人の感想としては、正直、プラヴァッツ・マリでおいしいロゼを作るのは難しいじゃないかと。
色々試しているんですが、これ!と思うものは非常に少ないです。
もちろん、ワイナリーによって個性はさまざまで、美味しいものはあります。
オレンジがかったピンクはとても綺麗ですし、香りも華やかでいいです。
ただ、なんでしょうね なにかボタンをかけちがっているようなものが多いですね〜…。
ただ、美味しいなーと思うものはいくつかあり、ミロシュ(Miloš)のものなどは驚きのでき。
ミロシュはクロアチアワイン界にカルト的ファンを多く持つワイナリー。
とても小さいのですが、こだわりが半端ないナチュラルワインメーカーで、美しいワインを作るご家族なのです。
プラヴァッツ・マリのロゼでもこんなに美味しくなるのか!と、あらためて可能性に開眼したので、反省しまして、これからもっと飲んでいこうと思います。
プロシェック(Prošek)
プロシェックは、クロアチアで造られるデザートワイン。
ブドウを陰干しし、レーズンにすることで甘みを引き出したブドウを使ってワインを作る、いわゆるアパッシメント製法で造られる甘いワインです。
名前はイタリアの発泡酒、プロセッコに近いですが、実際は、同じイタリアでもデザートワイン、パッシートの方に近いということですね。
色は濃い目の褐色、こってりと濃厚で、ドライイチジク、ウッド、レーズン、オレンジピールのような香りが楽しめます。
アルコール度数は 15 〜 22 % くらいで、樽で最低 1 年は熟成されます。
ネクターのように甘いですが、後に残る嫌な甘さではなく、コクとキレがあって目が覚める感じがします。
カテゴリとしてはデザートワインになりますが、食前酒としていただくことも多いです。
プロシェックは、文献に名前が出るのは 16 世紀に入ってからだそうですが、生産はずっと古く、前 4 世紀頃、ギリシャ人がダルマチアに定住し始めた頃から造られていたとも言われています。
製造に使われるブドウはさまざまで、プラヴァッツ・マリ、マラシュティナ、マルヴァシヤ・ドゥブロヴァチュカ(Malvasija Dubrovačka)、グルク(Grk)、ジュラフティナ(Žlahtina)他数種類。
ヴァラエタル、ブレンドいずれもあります。
プロシェックの生産は通常のワイン以上に手間がかかり、発酵もかなり時間がかかるため、生産量は非常に限られています。
生産は、家族経営のワイナリーで細々と行われている程度。そのため、クロアチアのワイン生産量のに占める割合は 0.5% を遥かに下回る程度だそうです。
輸出もほとんどされていないので、これはぜひクロアチアを訪れた際に試したいところ。
レストランなどで食前酒として提供されていることもあるので、みつけたらぜひ。
筆者は甘いワインがあまり好きでないのですが、いくつか例外的に、とても美味しいと思う甘口ワインが存在します。
どうも、甘いのに甘ったるくはなく、サッパリしているかどうかというところが自分のポイントになっている模様。
プロシェックはこの数少ない例外に入り、特に 10 年以上熟成させたものなど、強烈に美味しいものがけっこうあります。
以前、知り合いのお家でいただいたプラヴァッツ・マリのプロシェック 30 年超のものなど、いっそ拝もうかと思うくらい素晴らしかった。
これはもっと注目されていいワインだと思うので、貴腐ワイン、アイスワイン、パッシートワインなどがお好きな方は、ダルマチアにお越しの際には頑張って探してみてください。
ワイナリーめぐりに行った時に聞いてみると、「うちもちょっとだけ作ってるよ」と奥から出してくれることもけっこうありますよ。
海底熟成ワイン
ペリェシャツ半島の海底熟成ワイン、日本のテレビなどでも時々取り上げられることがあって、知っている人も増えてきました。
特に有名なのがエディヴォ(Edivo)ワイナリーで、こちらは、牡蠣やムール貝の養殖で有名なマリ・ストン湾にワインを沈めて熟成させています。
マリ・ストン湾は、ペリェシャツ半島と本土に挟まれた細長く深い湾で、周囲は緑豊かな山地。
この山地からの地下水が湾内に豊富に湧出しているため、水質が素晴らしいことでも知られています。
水温が一定で環境も安定しているため、理論上はワインの保存に向いているだろう、ということで始まったのがこの改定熟成プロジェクト。
地上での熟成と違い、水圧が常にかかっている状態での熟成になり、このせいなのか、海底熟成によって劇的に味が変化するワインもあるようです。
エディヴォの、プラヴァッツ・マリを使った海底熟成ワインは、クロアチアで最も高価なワインの一つ。
熟成する間に貝などがついてかっこよくなった、陶器のアンフォラに入っているところがロマンを掻き立てるのか、結婚式のギフトなどに選ばれることも多いんだそうです。
世界中からギフト用のオーダーが切りも切らない状態なのだとか。
また、海底熟成の可能性を探るため、クロアチア内外のワイナリーから、自分のところのワインも沈めてみてよ!という依頼も多くあるらしく、今では国際研究プロジェクトなども行われているようです。
これからが更に楽しみな分野ですね!