歴史的建造物

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ゴルニ・ウガオ・タワー: Gornji Ugao Tower

ゴルニ・ウガオ・タワーはドゥブロヴニクの城壁に城壁に取り込まれた要塞の一つ。目立たない建物ですが、中は発掘された鋳造所跡がそのまま美術館となっており、なかなかおもしろい場所です。 今回は、このゴルニ・ウガオ・タワーについてご紹介します。

ドゥブロヴニクの城壁

ドブロブニクといえば、「アドリア海の真珠」というニックネームの元にもなった、旧市街をぐるっと取り囲む中世の城壁がよく知られています。城壁の上は歩くこともでき、ドゥブロヴニク訪問時に欠かせないアクティビティの一つにもなっています。 今回は、ドゥブロヴニクを代表する建築、城壁について、詳しくご紹介します!

​ 聖ヴラホ教会: St. Blaise’s Church / Crvka sv. Vlaha

聖ヴラホはドゥブロヴニクの守護聖人。ドゥブロヴニクの城壁、門の上、主要な建物の壁など、市内のあちこちに、左手(※まれに右手のものも)にドゥブロヴニクの模型を抱えた聖ヴラホ像が刻まれています。 この記事では、守護聖人聖ヴラホ、そして彼を祀る聖ヴラホ教会についてご紹介します。

​ 聖イグナチオ教会: St. Ignatius Church

ドゥブロヴニク旧市街、総督邸にほど近く、午前中に開かれる市場が人気のグンドリッチ広場。この広場の南端に、美しいバロック様式の階段があります。そして、これを登りきった先にあるのが、ドゥブロヴニクのバロック建築を代表する美しい建築である、聖イグナチオ教会。 この記事では、ドゥブロヴニクの多くの人が「一番綺麗な教会」と絶賛する、この聖イグナチオ教会についてご紹介します。

​ ミンチェタ・タワー: Minčeta Tower

ドゥブロヴニクの城壁の北西、最も背の高い部分は「ミンチェタ・タワー: Minčeta Tower」と呼ばれる要塞になっています。ゴシック様式の冠を頂上部にいただき、眼下にドゥブロヴニク旧市街を睥睨する威風堂々たる姿は、難攻不落と言われたドゥブロヴニクの鉄壁の守りを象徴するよう。 今回の記事では、このミンチェタ・タワーについてじっくりご紹介します。

ドゥブロヴニク城壁の門

ドゥブロヴニクといば、「アドリア海の真珠」というニックネームがうまれる理由の一つにもなった、壮大で美しい城壁がよく知られています。しかし、この城壁、実はただのきれいな壁ではなく、要塞や軍隊の詰め所、鋳造所まで備えた、中世の最新鋭防衛装置。 今回の記事では、そんなドゥブロヴニクの城壁の知られざる一面が垣間見える、城壁の門に関するエピソードをご紹介します。

グンドリッチ広場: Gundulic Square

Index グンドリッチ広場: 概要 イヴァン・グンドリッチ グンドリッチ広場:概要 グンドリッチ広場は、オド・プチャ通り(Ulica od Puča)の東側の端にある広場。もともとは広場ではなく、建物が並んでいたそうですが、1667 年のドゥブロヴニク大地震で建物が倒壊したのを機に、今のような姿となりました。 現在のグンドリッチ広場は、中央に立つ詩人イヴァン・グンドリッチ像、広くテラス席を広げる数々のレストラン、そして午前中開かれる市場で知られています。 グンドリッチ像の背後には聖イグナチオ教会、そしておすすめ絶景ポイントであるブジャ・バーに続く階段。この階段は、世界中で爆発的な人気を誇るエピックファンタジードラマ、Game of Thrones に何度も登場するロケ地(※リンクをクリックすると Amazon の Game of Thrones DVD のページが開きます。原書もおすすめ!)。Game of Thrones ツアーでも絶対にくる場所です。 グンドリッチ像の右斜め後ろあたりには Konzum という、クロアチア中にあるチェーンのスーパー(ここの店舗はとても小さく、生鮮品をちょっと置いてあるコンビニくらいの雰囲気です)があり、お土産を買うにも便利。Konzum の脇にはアマーリングの噴水(Amerling Fountain)という小さな噴水があり、この水もオノフリオの噴水: Onophrian Fountainと同様、飲用可能です。 Index に戻る イヴァン・グンドリッチ イヴァン・グンドリッチは、共和国時代のドゥブロヴニクで 1589 年に生を受けた詩人・政治家。バロック調全盛期のクロアチア詩人の中でも特に優れた傑作をいくつも残しています。 グンドリッチ家はドゥブロヴニクでよく知られた名家で、政治家、外交官として活躍した父フランチェスコのもとで、イヴァン・グンドリッチも若い頃から頭角を現しました。ドゥブロヴニク評議会に初選出されたのはなんとイヴァンが 19 歳の時のこと。その後も何度も大、小両方の評議会議員となり、ドゥブロヴニクに隣接するコナヴレ地区の総督職も 2 度にわたって務めました。 政の傍ら、初めての詩集を出版したのはイヴァンが 32 歳の時のこと。代表作にはドゥブロヴニク共和国の栄華を豊かな表現で謳いあげる「Dubravka(ドゥブラヴカ)」、ヨーロッパ対トルコの対立を通して東と西の二つの世界、そして自由と隷属の対立を描いた「Osman(オスマン)」などがあります。 広場の中央に立つイヴァン・グンドリッチ像の足元は、彼の詩の世界を代表するモチーフであるドゥブロヴニク共和国とその自由(玉座に座った姿で描かれる女性像)、そしてドゥブロヴニク共和国の繁栄を脅かすオスマン帝国(玉座に噛みつく竜)、ヴェネツィア共和国(玉座の下の敷物を噛むライオン)のレリーフで飾られています。 Index に戻る

オルランドの柱: Orlando Column

「オルランドの柱」は、ストラドゥン(プラツァ通り)の東側(ピレ門の反対側)のルジャ広場に立つ、騎士像の彫り込まれた柱。実はこれ、ただの飾りではなく、ある実用的な道具の役も果たしていたものなのです。 今回の記事では、謎めいた微笑を浮かべたこの騎士、オルランドの柱についてご紹介します。

オノフリオの噴水を守る犬の像、数世紀の時を経て復帰

この度、オノフリオの噴水: Onophrian Fountainに、ドゥブロヴニクの自由を守る番犬、クチャック(Kučak:ドゥブロヴニク古語で「犬」の意)が復帰しました! この番犬像のオリジナルは、共和国時代のドゥブロヴニクで大事にされていた価値観や美徳を守り続けることの象徴として作られ、1340 年代にオノフリオの大噴水が完成した直後、噴水のドームに取り付けられたものです。 とても興味深いことに、この番犬像は、ドゥブロヴニクに壊滅的な破壊をもたらした 1667 年のドゥブロヴニク大地震では損傷を受けつつも生き延びましたが、その後、19 世紀に入ってから、これという理由もなく台座から転がり落ち、損壊したのだそうです。そして言うまでもなく、19 世紀というのは、ドゥブロヴニク(ラグサ)共和国がナポレオン率いるフランス軍の奸計により滅亡した、まさにその時代なのです…。 さて、歴史に刻まれた謎は謎として、今回取り付けられた番犬像は、ドゥブロヴニク(ラグサ)共和国時代の遺跡の復興、保全を語る上では欠かせない存在、ドゥブロヴニクの文化遺産を守る民間団体、「ドゥブロヴニク・アンティークの友(Društvo prijatelja dubrovačke starine)」の力で復刻されたレプリカです。オノフリオの大噴水自体も、去年から今年にかけて大掛かりな修繕を終え、きれいになったところ。クチャックには、これからも末長くドゥブロヴニクを守ってもらいたいものですね。

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