オルランドの柱: Orlando Column

オルランドの柱: Orlando Column

「オルランドの柱」は、ストラドゥン(プラツァ通り)の東側(ピレ門の反対側)のルジャ広場に立つ、騎士像の彫り込まれた柱。騎士像の上はドゥブロヴニク共和国時代、市民への告知を行うために使われた小さなステージになっており、旗を上げるための支柱も兼ねています。

ドゥブロヴニク・サマー・フェスティバルの開催時には、このオルランドの柱にドゥブロヴニク共和国で最も大事なものとされていた自由を象徴する旗が掲げられ、今も昔も変わることなく、自由を愛する街を誇らしく彩るのです。


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建造の由来

オルランドの柱は 1418 年、イタリア人彫刻家のボニーノ・ディ・ミラノと、地元の彫刻家アントゥン・ドゥブロヴチャニンの手によって作成されました。

穏やかな表情で佇むこの騎士の名はオルランド(別名:ローランド)。伝説によると、騎士オルランドは、9 世紀、敵対していたサラセン軍に包囲され、なんと 15 ヶ月にも及ぶ籠城を強いられたドゥブロヴニクを救った英雄だということになっています。

…が、実はこの伝説、史実に基づいているわけではありません。

実は、この物語、この柱の建築にあたり、民衆を納得させるために作り上げられたもの。実際は、オルランドの柱は、クロアチア王国、およびクロアチア王家と親戚・縁戚関係にあったハンガリー王国による保護を象徴するための像。ドゥブロヴニクに限らず、建造当時(15 世紀)のクロアチア王国でハンザ同盟に加盟していた都市では、保護と同盟の表現としてこのような石像を建造する慣わしがあったのだそうで、ドゥブロヴニクではそれがオルランドの柱、ということになります。
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orlando-stup-2オルランドの右腕 = ドゥブロヴニク(ラグサ)共和国のメジャー

オルランドの柱には、上述の旗の支柱、および広報アナウンスのためのステージというものに加え、もう一つ、ユニークな使用目的があります。それはなんと、メジャー(計り)。

ドゥブロヴニクの前身、ドゥブロヴニク(ラグサ)共和国は、小国ながら、アドリア海における海上貿易で莫大な富を築き上げた独立国家です。貿易が国家の経済の生命線だったため、公明正大な商取引の行える場所、という評判を守るため、不正取引を厳しく取り締まっていました。

オルランドの柱に面して建つ、交易所として利用されていたスポンザ宮殿に刻まれている不正取引を戒める言葉の通り、商品の量やサイズの正確な計測は公正な取引の第一歩。サイズを測るメジャーも、皆が共通のものを使っていなくてはなりません。

長さの計測のために、ドゥブロヴニク(ラグサ)共和国では、ラカット(ラグサン・キュービット、51.2 cm)という単位が使われていましたが、これが、実はこのオルランドの柱の右腕、肘から先の部分の長さにあたるのです。ただ、騎士像の腕を毎回の計測に使うのは、高さなどもあってやや実用性に欠けるので、オルランドの柱の台座の部分には、この右腕の長さに細かい目盛りが振られたものが刻まれ、物差しのようになっています。この物差しは今でもくっきり残っていますので、オルランドの柱のところへ行ったら、ぜひ像の足元の台座にご注目ください。
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損傷と復興

1825 年、オルランドの柱は強風に煽られ、一度倒壊しています。 およそ 50 年後の 1878 年に再建されましたが、旗の支柱として使われるが故に、強風の影響を受けやすいことに変わりはなく、その後も繰り返しヒビが入ったり、部分的に折れたりを繰り返しています。一番最近では、2007 年にも風の影響によるヒビが確認されたそうです。

また、風だけではなく、人間のイタズラにも困らされているとのこと。特に、オルランドの掲げる剣は狙われやすく、長い歴史の中で何度ももぎ取られたり、傷つけられたり、曲げられたりしているのだとか。そのため、現在オルランドが持っている剣は別に作られたレプリカで、本物、オリジナルの剣は博物館に大切に保管されています。

また、万が一の事態に備え、オルランドが持っているレプリカの他にも常にもう一本のレプリカが用意されていて、イタズラでダメージを受けた場合は即日交換できる体制が整っています。素晴らしいことではありますが、大切な文化財なのに、そこまで警戒しなくてはいけないというのは、地元の人が大事に守っている歴史に対する冒涜のようにも感じられ、少し寂しいように思います。

同じように長い歴史を持ち、たくさんの文化財を大事に守ってきている国、日本から訪れる者としては、イタズラなどせず、地元の人が大事にする文化財に敬意を持って接していきたいものですね。
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オルランドの柱は、ストラドゥン(プラツァ通り)の東側の端、ルジャ広場(Ruža)にあります。聖ヴラホ教会: St. Blaise’s Church / Crvka sv. Vlahaの前、スポンザ宮殿: Sponza Palaceの向かいです。


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