ドゥブロヴニク旧市街の観光スポット: ロヴリェナツ要塞

ロヴリェナツ要塞(※英語では聖ローレンス要塞)は、ドゥブロヴニク旧市街の西側、小さな入り江を挟んでそびえたつ岩の上に建てられた要塞。城壁の一部が切り離され、ぽつんと独立して建っているような風情から、「ドゥブロヴニクのジブラルタル(※スペインにあるイギリスの飛び地)」と称されることもあるそうです。

今回の記事では、このロヴリイェナツ要塞についてのエピソードをご紹介します。


iStock. by Getty Images ポートフォリオ:Mari_mjx
Instagram Profile:@marimjx 


ロヴリェナツ要塞とは

ロヴリェナツ要塞は、ドゥブロヴニク旧市街の西側、小さな入り江を挟んでそびえたつ岩の上に建てられた要塞。

この要塞の立つ岩場は、湾ごしに旧市街と向き合っていて、海面からの高さは 37 m ほど。
だいたい 12 階建てのビルほどの高さがあり、周囲には視界を遮るものもないため、陸路、海路いずれもかなり遠くまで一望することができます。

位置といい視点の高さといい、敵の襲来を早期に発見でき、攻撃もしやすい、ドゥブロヴニクの防衛上、非常に優れたポイントにある岩場なのです。
ここに堅牢な要塞を作るのは、防衛戦略上、自明の理とすら言えるでしょう。

ただし。
防衛上の要であるということは、ここを敵に抑えられてしまうと、逆に一気にドゥブロヴニクを攻略されてしまう恐れがある、ということでもあります。
そのため、ロヴリイェナツ要塞は、決して敵の手に渡ることがないよう、さまざまな工夫が施された、とてもユニークな要塞になっているのです。


ロヴリェナツ要塞のこんなところがユニークです

まずは、壁の厚みから見ていきましょう。

ロヴリェナツ要塞は非常に堅牢な作りで、外海に面した側の壁の厚さは、薄いところでも 4 m 、最も厚いところでは 12 m もあります。
海から攻撃を受けたとしても、ちょっとやそっとの砲撃ではびくともしません。

しかし、これが旧市街側はどうかというと、場所によっては、なんとたった 60 cm しかありません。

内側だからケチったのかな…と思いそうになるところですが、実はここには深〜い理由が。

この、壁が薄い箇所が向き合った先には、ドゥブロヴニクの城壁に一体化した、ずんぐりしたボカール要塞があります。
そして、このボカール要塞には、海だけでなく、ロヴリイェナツ要塞に向けても、何台もの砲台が備えてあるのです。

つまり、万が一ロヴリェナツ要塞が敵の手に落ちたら、ボカール要塞から、ロヴリェナツ要塞の壁の薄いところを狙って砲撃すれば、敵もろともロヴリイェナツ要塞ごと破壊してしまえる、ということ。
実際は、ロヴリェナツ要塞が敵に乗っ取られることはありませんでしたが、この設計は、味方が敵方に寝返るのに対しても、よい心理的なストッパーになっていたかもしれません。

さすが、天下に名だたるしたたかさん、ドゥブロヴニク共和国です。
 → 中世は独立国家だったドゥブロヴニク共和国の驚異のしたたかっぷりは、レヴェリン要塞の記事にも書かれています。
陰謀好きな皆さんはぜひ合わせてどうぞ。

続いて、水の確保について。

ロヴリェナツ要塞に限らず、城塞の類はおしなべて、水道を引けばその分侵入可能な経路が増えることになります。
これを嫌ったドゥブロヴニク共和国では、ロヴリェナツ要塞には水道は引かないことにしました。

飲料水は基本的に雨水を利用することになるため、要塞の真ん中あたりに巨大な貯水槽をしつらえ、樋を伝って雨水が効率よく回収される仕組みを作ってあります。
貯水槽には、常時大量の雨水が常に蓄えられていて、水不足に悩まされることはなかったようです。

また、食料庫にも常にふんだんに食糧が備蓄されており、いざ籠城となっても、困ることがないよう、万全の準備が整えられていました。


入り口に刻まれた、自由への決意

ロヴリェナツ要塞に入る時、入り口の上部をよく見てみてください。
そこに「NON BENE PRO TOTO LIBERTAS VENDITUR AURO」という言葉が刻まれているのが見えるはずです。

こちら、「世界中の黄金をもっても、自由を売り渡すことはない」という意味のラテン語。
自由を志向の価値あるものとして、国旗にも自由を掲げたドゥブロヴニクの固い意思を高らかに宣言する、特別な言葉なのです。

もともと、ドゥブロヴニクはクロアチアの他の地域とはだいぶ異なるバックグラウンドを持つ都市。
クロアチアの一部になってからの歴史より、独自の都市国家、ドゥブロヴニク共和国だった時の歴史の方が長いのです。

世界史を勉強された方は、中世、東ローマ帝国とオットーマン帝国(オスマン・トルコ)が戦い、オットーマン帝国が勝利した結果、東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(現イスタンブール)が陥落し、東ローマ帝国は滅亡したのを記憶されているのではないかと思います。

コンスタンティノープル陥落後、オットーマン帝国のメフメト 2 世はそのまま破竹の勢いでバルカン半島を制服していったわけですが、オットーマン帝国の版図は、実はドゥブロヴニクを飛び越えて、クロアチアのイストラ半島付近まで広がっています。

東ローマ帝国滅亡後に存在した様々な都市国家が、次々にオットーマン帝国に併合されていく中、ドゥブロヴニク共和国だけは、唯一の例外としてしぶとく生き残っていたんです。
なぜそんなことが可能だったかというのは、レヴェリン要塞の記事を見ていただくとしまして、ここで大事なのは、こういう環境の中で、ドゥブロヴニクにとって、ドゥブロヴニク共和国としての形と、自治を保ち続けるのがどれだけ困難なことだったか、ということ。

ろくな武力も持たない商業国家、ドゥブロヴニクは、「世界中の黄金をもっても、自由を売り渡すことはない」という言葉通り、国家として生き残る、自由であることに全力を捧げた国。
その国の決意が刻まれているのが、このロヴリェナツ要塞、ということなんですね。


驚異のスピード建設

さて、ドゥブロヴニク共和国の宿敵といえば、実はオットーマン帝国ではなく、同じキリスト教国であるものの、海運の利権上でしのぎを削る間柄だったヴェネツィア共和国。
ヴェネツィア共和国は、ドゥブロヴニクを我が物にしようと常に虎視眈々と狙っており、幾度となく、あの手この手でドゥブロヴニクにちょっかいを出しています。

11 世紀には、ヴェネツィア共和国はこの岩場に目をつけ、兵士を送り込んで秘密裏にここを占拠し、攻撃拠点を急造することを目論みます。
しかし、この計画は事前にドゥブロヴニク側に知られることとなり、ドゥブロヴニク共和国は、即座に、これに対抗するためのアクションをとりました。

ある意味、子どものケンカ並のわかりやすいソリューションですが、「ヴェネツィア共和国に取られる前に、うちが先に要塞を建ててやる!」…となったわけですね。

このロヴリェナツ要塞の建設には市民が総出で取り組んだそうで、なんと、3 ヶ月という、当時としては驚異的な速度でロヴリェナツ要塞ができあがりました。

建築資材を積みこみ、遠路はるばるドゥブロヴニクまでやってきたのに、狙っていたポイントに敵方の要塞が突然できている!
ちょっと前にチェックした時は何もなかったのに!!

…ヴェネツィア共和国軍の驚きは、いかばかりだったことでしょう。
直球ソリューション、効果絶大。

なお、ロヴリェナツ要塞は、建造後数回にわたって強化が施されており、最終的に現在の姿となったのは 15 〜 16 世紀ごろのことだそうです。


司令官は月替り?

上述のように、ロヴリェナツ要塞はドゥブロヴニク防衛・攻撃上の要所に建造されており、このポイントを守ることは、ドゥブロヴニクにとって死活問題とも言える重要事項でした。

とは言え、そもそも 37 m もある切り立った崖の上という天然の難所にあり、狭い階段を使わないと登れないこの要塞、外から攻略するのは至難の技。
こういった場所は、敵に落とされるより、身内の寝返りの方がよっぽど危険度、成功の確率が高いわけです。

そこで、ドゥブロヴニク共和国は一計を案じます…。

「司令官、すごい速さで入れ替え続ければ、部下を引きつれて一緒に寝返るような関係作れないし、準備もできないんじゃない?」

確かに!グッドアイディア!!

ということで、ドゥブロヴニク共和国では、ロヴリェナツ要塞の司令官の任期は 1 ヶ月。
しかも、ドゥブロヴニクの貴族のうち、一定の条件を満たす男子の中から、毎月、選挙で司令官を選び出す形にして、「蓋をあけてみないと誰が選ばれるかわからない」= 「前もって根回ししておくことができない」という状態を担保したのです。

毎月の占拠の煩雑さよりも、安全策の方を優先したわけですね。
そして、そこまでしても寝返られてしまった場合に備えて、余裕で射程距離内にあるボカール要塞から砲撃されたらすぐ陥落するよう、砲弾があたる部分の壁をおもいっきり薄くしておく、という念の入れよう。

また、こうした工夫をもってしてもロヴリェナツ要塞が敵方の手に落ちた場合に備え、最悪の自体を回避するための体制も整えられていました。

ちなみに、ドゥブロヴニクでは、総督も、1 ヶ月交代で選挙により選出することで権力の集中を防ぐ形をとっていました。
このような仕組みを作り、厳守したことが、この激動の地域での 450 年間の独立という偉業につながったのでしょうが、それにしても大変な手間をかけたものですね。


ロケ地、イベント開催地としてのロヴリェナツ要塞

ロヴリェナツ要塞はゲーム・オブ・スローンズ(Game of Thrones、リンクをクリックすると Amazon の検索結果が出ます。プライム会員の方はプライム・ビデオで見られると思います!)という、アメリカをはじめ、世界中で超絶大人気のドラマのロケ地として使用されています。

ドゥブロヴニクは、Game of Thrones の世界の Westeros(ウェステロス)の首都にあたる King’s Landing(キングス・ランディング)という都市、および他の複数の都市のロケ地となっていて、かなり大掛かりな撮影が数年に渡って行われました。
ロケ地巡礼のために訪れる観光客も非常に多く、現地ではロケ地を巡る Game of Thrones ツアー(リンクをクリックすると、参加してみたレビュー記事が開きます)もたくさんあります。

Game of Tnrones、ドラマもいいけど原作の本も面白い(というより、原作の方がずっと面白い)です。
中世ヨーロッパを彷彿とさせるエピックファンタジーに興味のある方はぜひ読んでみてください。

…次巻発売、前巻発売から、かれこれ 10 年近く待ってるんですけどね…。
作者がんばって!書いて!!

ロケ地としてだけでなく、ロヴリェナツ要塞は、イベント開催、特に演劇のステージとして使われることもあります。

なかでも、ドゥブロヴニク・サマー・フェスティバルの一環として、ここで演じられるシェイクスピアの「ハムレット」は数十年にわたって繰り返し上演されている人気演目。
なかなかこういった、ガチの中世の建築物しかも要塞の中で、そこを舞台として劇が演じられるというのは珍しいと思います。
もう、雰囲気は最高ですよね。

また、これ以外にも、ロヴリェナツ要塞は各種イベントの開催地として利用されることがあります。
なんと、こちらで結婚式をあげることも可能!
いくつかの現地ブライダルエージェントがロヴリェナツ要塞での結婚式プランを提供しています。

ドゥブロヴニクはヨーロッパ有数のロマンティックな都市と言われているため、ドゥブロヴニクでの結婚式はとても人気があります。

クロアチアはお役所の手続きがかなり煩雑なため、外国人がドゥブロヴニクで結婚式を挙げたい場合は、法律上効力のある本物の結婚式にはしないパターンがほとんど。
実際の結婚の手続きは自国で行い、クロアチアでは Symbolic Marriage(シンボリック・マリッジ)または Blessing Ceremony(ブレッスィング・セレモニー)といわれる、役所での手続きをカットし、挙式の部分だけを行うケースが多いです。

結婚式はそもそも一生の思い出になるものですが、こんなロケーションでの結婚式となると、さらに素敵な記念になりそうですね!


アクセスと入場料について

ロヴリェナツ要塞にアクセスするためには、一度ピレ門下にある入り江まで降り、そこから階段を上っていくことになります。
ピレの広場の真ん中あたり、ガラスの箱のような記念モニュメントがあり、その裏辺りに入り江に降りる階段があります。

そちらを降り、裏路地のようなところを通りすぎると海が見えるので、そちらへ出ましょう。
湾を回ったところにロヴリェナツ要塞への階段があります。

さて、ロヴリェナツ要塞の料金ですが、まず、一点大事なことが!

ドゥブロヴニクでは、城壁のチケット=ロヴリェナツ要塞のチケット。
つまり、同日中に城壁に行かれた方は、ロヴリェナツ要塞に入るのに追加料金は不要。
城壁で使ったチケットを見せればそれで中に入れます。

逆に、ロヴリェナツ要塞に先に行った場合は、階段を上がった先の、要塞の入り口のところの売り場でチケットを購入することができます。
2018 年時点では料金 50 クーナ。

これも、先にこちらを買って、後で城壁にも行きたくなった場合は、城壁のチケット売り場に持っていけば、差額分を支払うだけでよくなります。
チケットは捨てずに、ちゃんととっておきましょう。