​ ドミニコ会修道院: Dominican Monastery & Museum

​ ドミニコ会修道院: Dominican Monastery & Museum

ドミニコ会修道院はプロチェ門近くにあり、その外見は教会、修道院というよりは城壁と一体化した要塞のよう。ドミニコ会修道院脇、城壁沿いにプロチェ門へと続く路地は、無機質で硬質な印象があり、素朴で柔らかさのあるドゥブロヴニク旧市街の中で、すこし異質な空間となっています。

この記事では、そんなユニークなドミニコ会修道院についてご紹介します。


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iStock. by Getty Images ポートフォリオ: marimjx
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ドミニコ会修道院の概要

Dominican Monastery, Dubrovnik
Image credit: Katie Hunt via Flickr

ドミニコ会修道院は、旧市街をはさんでちょうど反対側あたりにあるフランシスコ会修道院とはかなり異なるスタイルの修道院です。そして、要塞のような外見は単なる見かけだおしではなく、いざという時の都市防衛に役立つよう考えられた実用的なもの。実際、18 世紀には、武器の格納庫として利用されたこともあるそうです。

とはいえ、教会、修道院としても数百年にわたって活動を続けてきており、文化、哲学の中心地的な存在としても、重要な役割を担っています。

ドミニコ会がドゥブロヴニクで活動を始めたのは 1225 年あたりだと言われています。ただ、当初から現在のように大規模な修道院を持っていたわけではありません。修道院の建物の原型ができあがったのは、ずっと後の 14 世紀に入ってから。そして、ドゥブロヴニクのほとんどの建造物と同様、ドミニコ会修道院も幾度とない再建、改築を繰り返してきています。ほぼ現在に近い形にまとまったのは 15 世紀、宝物庫や回廊などができた時のことだそうです。

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都市防衛戦略とドミニコ会修道院

ドミニコ会修道院は、旧港からプロチェ門へと続く通りの西側にあります。そして、この通りに面する部分は、装飾も、入り口や窓の類もほとんどみられない、切り立った高い壁になっています。知らずにここを通れば、この壁の内側に教会があるとはとても思えない、無機質で取りつく島のない印象なのです。

near Dominican Monastery
Image credit: Jennifer Boyer via Flickr

プロチェ門は、ドゥブロヴニク旧市街の東側にあり、東方からの貿易商がメインで利用していた入り口です。海路、陸路ともにアクセスが便利な分、この部分が陥落すれば、ドゥブロヴニク市内への陸路・海路両方のアクセスを勝ち取ったも同然となる、防衛戦略上の要所。そのため、こちらの建物は修道院とはいえ、都市防衛戦略が色濃く反映されたものとなっているのです。

また、ドミニコ会修道院の建物自体、実際に有事の際は要塞として利用できるように作られており、実質的にドゥブロヴニクの城壁の一部とみなされています。

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ドミニコ会修道院の見どころ

  • 教会内部の装飾
    • 教会内部は、外観と対極的な豪華な装飾が施された空間となっており、主祭壇には 14 世紀に作成されたパオロ・ヴェネツィアノの手による、ビザンチン・ゴシック様式のキリスト磔刑画が置かれています。十字架を取り囲むように 4 人の使徒、足元には、嘆き悲しむ聖母マリアと聖ジョセフの姿が描かれた美しい絵です。また、このほかにも、クロアチアを代表する画家、イヴォ・ドゥルチッチやヴラホ・ブコヴァッツの絵画、イヴァン・メストロヴィッチ作の彫刻とレリーフなども見どころのひとつです。
  • 回廊と中庭
    • ドミニコ会修道院の回廊と中庭は 1456 〜 1483 年の間に、フィレンツェの建築家、マッサ・ディ・バルトロメオのデザインに基づいて、ウティシェノヴィッチ、グルバチェヴィッチ、ラドマノヴィッチらを初めとする地元の職人が作り上げたものです。ゴシック様式とルネサンス様式が見事な調和した回廊が、美しく装飾された井戸のある中庭を取り囲む様はまさに旧市街の中のオアシスとも言える存在になっています。
    • ナポレオンによってドゥブロヴニクが占領され、ドゥブロヴニク共和国が廃止された時代、ドミニコ会修道院は軍用馬の厩舎として利用されたそうです。回廊の部分をよく見ると、当時使用された飼い葉桶の名残を今でも確認することができます。
  • 墓石
    • ドミニコ会修道院は、ドゥブロヴニク要人の墓地も兼ねています。入り口から中に入るときに、足元の石畳をよく見てみてください。日本ではあまり見られない風習ですが、西洋の教会などでは、要人を教会の床に埋葬する風習がみられます(※聖人のそばに葬られたいという希望の表れだそうです)。お墓を踏みつけるというのは日本的感覚だとなんだか気がひけますが、そこは気にならないようなのでご心配なく。
  • 博物館
    • ドミニコ会修道院に併設された博物館では、貴重な古書、絵画、工芸品などが展示されています。
      • 絵画:
        • ニコラ・ボジダレヴィッチ(Nikola Božidarević)、ミハイロ・ハムジッチ(Mihajlo Hamzić)、ロヴロ・ドブリチェヴィッチ(Lovro Dobričević)ら、ドゥブロヴニク共和国の画家の作品に加え、ドゥブロヴニク大聖堂の聖母被昇天図を描いたイタリアのティツィアーノの作品も見ることができます。
      • 工芸品:
        • ドゥブロヴニク共和国、およびイタリア等の工房で製作された金、銀、珊瑚などのジュエリーや聖具、聖御物などの工芸品が数多く展示されています。展示物にも含まれる「ボタン」と言われる金属のボール型のジュエリーは、ドゥブロヴニク市内外の宝石店、お土産店などでレプリカが販売されていて、お土産としてとても人気があります。
  • 教会入り口へ続く階段
    • ストラドゥン(プラツァ通り)からプロチェ門へ向かう通り、聖ドミニコ通り(Ulica Svetog Dominica)に入ると、道が途中で枝分かれしていて、片方が城壁沿いにプロチェ門に続き、もう片方は階段を上ってプリェコ通り(Prijeko Ulica)に続いています。このプリェコに続く方の階段の手すりをよく見てみてください。手すりの下 3 分の 1 ほどまで、手すりの隙間にカーテンのような薄い石の幕が作られていて、向こうが見えないようになっていることがわかると思います。
      こちら、中世においては、女性の足首が見えるのは不謹慎だったのだそうで、階段を上る女性のスカートのすそから足首が見えてしまうのを隠すため、わざわざ隙間を埋めたのだそうです。
      地元の人によると、「当時は足首は見えたらダメで胸元がガバッとあいたドレスは OK。意味がわからない」「今はスカートの丈がものすごく短いから、足元だけ石でカバーしてもだいぶ上まで見えちゃうよね」だそうです。
  •  教会南側の入り口と階段
    • この修道院の大きな特徴となっているプロチェ門へ続く外壁には装飾がなく、堅牢な壁はまさに要塞そのもの。ただ、南側に一箇所入り口があり、この入り口が非常に美しい。上部のポータル部分は、1419 年にミラノの職人、ボニーノによって付け加えられたもので、ロマネスク様式の装飾が施されています。入り口に続く半円形の階段は優美な曲線で構成され、周囲の質実剛健で直線的な雰囲気との対比により独特の美しさが生み出されています。

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アクセス

ストラドゥン(プラツァ通り)をプロチェ門の方へ進みます。上記のプリェコに続く階段を上った先に教会および博物館への入り口があります。

プリェコからアクセスする場合、旧港の方へ向かってプリェコを進んでいくと、最後がトンネルのようになっています。このトンネルを抜けると、ドミニコ会修道院の入り口のところに出ます。

なおこの入り口部分、スター・ウォーズの撮影時にセットが作られ、厳重にガードされていたので、もしかしたらエピソード 8 に登場するかもしれません!なお、2016 年 6 月の時点では、入場料は 30 Kn でした。入り口に受付の人がいるので、そこで料金を払って入ります。

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