コナヴレの絹刺繍

ドゥブロヴニク周辺び伝統工芸のうち、お土産屋さんの定番といえば、美しく緻密な絹刺繍。空港のあるコナヴレが特に有名です。

今は美しく平穏なコナヴレですが、戦禍により、絹刺繍もろとも壊滅するという悲劇的な過去を持ちます。今回は、苦しみを乗り越え、多くの人々の努力により見事な復活を遂げた、この価値ある絹工芸をご紹介します。


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コナヴレの絹刺繍


Image Credit: Konavle Tourist Board 

ドゥブロヴニク郊外のコナヴレ地区は、中世からの伝統が続く、良質な絹製品の産地。
1960 年代あたりまでは、コナヴレのほとんどの家庭で蚕を飼い、絹を生産していたそうです。

そんなコナヴレ地区では、絹刺繍は娘さん達の嫁入り準備にもなっていたのだとか。
なんでも、自分で蚕を育てるところから始め、その糸を使ってせっせと刺繍をし、お嫁入りの時の持参品としたそうです。

コナヴレの刺繍には、日本の家紋のように、それぞれの家に独自の模様があります。
そして、娘さんたちは、その模様をアレンジして「自分」の刺繍を作っていくのです。
そうやって娘時代から少しずつ作り続けていった衣装は、その家族、および作成した女性のアイデンティティそのもの、そして誇りだったと言われています。

なお、コナヴレ刺繍のモチーフには意味を持つものも多く、自然の中にあるものが多くデザインに取り入れられています。
コナヴレ刺繍をお買い求めの際は、ぜひ模様の意味を尋ねてみてください。
意味を知って使うととても愛着がわきますよ。

隠された歴史: 伝統の断絶と復興

Image credit: Konavle Tourist Board

さて、数百年の歴史を持つコナヴレ刺繍ですが、実は、押し寄せる近代化の波とともに、絹生産の伝統は徐々に衰退。
1970 〜 1980 年代ごろには、養蚕をやめ、別の仕事を始める家庭もでてきていたようです。

しかし、コナヴレ刺繍の伝統に完全なとどめをさしたのは、1990 年代始めに起きたクロアチア紛争。
激戦地の一つだったコナヴレは、ユーゴスラヴィア連合軍に制圧され、戦中はもちろん、停戦合意後まで、過酷な戦闘・略奪・破壊行為の被害を受けました。

この時、一般の住民の多くが難民となって着の身着のまま逃げることを余儀なくされ、住居や工場などの多くは砲撃を受けて破壊されてしまいます。
もちろん、蚕を連れて逃げることなどできず、養蚕の伝統はこの時、一度、完全に途絶えてしまったそうです。

この地区で再び養蚕が始まったのは 1990 年代の半ばごろ。

この実現に大きな役割を果たしたのが戦争被害を受けた女性を支援するため、立ち上がったドゥブロヴニクの NGO、Deša(デシャ)

当時、デシャのメンバーは、避難所となり、多くの難民が避難生活を送っていたホテルを支援のため訪れていました。
そこで、一生かけて作ってきた民族衣装をすべて失い、悲嘆にくれていたコナヴレ出身のおばあさんと出会ったのです。

自分のアイデンティティそのものを奪われたように感じていたおばあさんを助けるため、メンバーは蚕探しプロジェクトに着手。1 年ほどかけてフランスで蚕を入手します。

しかし、蚕は手に入ったものの、蚕をドゥブロヴニクに持ち込むのは、簡単なことではありませんでした。
ドゥブロヴニクは、停戦合意後も紛争が続き、実質上孤立に近い状態にあったため、「余計」な物資の運び込みは困難を伴うものだったのです。

そこで、デシャのメンバーは一計を案じます。蚕を女性の洋服の中に隠し、まるで密輸でもするかのようなかっこうで、蚕を運び込むことにしたそうです。

作戦は無事成功し、コナヴレの女性達は蚕を受けとり、育てることができるようになりました。
戦後初めての絹糸は、この避難所で作られたものだそうです。

さてそれから 20 年近くたった現在、コナヴレ地区で養蚕業を営む家庭は 10 程度まで復活してきています。
デシャの支援も続いており、今は、砲撃で破壊され、そのままになっているチリピの町工場を再建し、養蚕と刺繍生産の場、また観光客向けの展示やワークショップなどを開こうという計画が進められているそうです。

コナヴレ刺繍製品の展示と購入


Image Credit: Konavle Tourist Board – チリピは小さな農村、独特の味があります

さて、このコナヴレ刺繍を使った、全てハンドメイドの民族衣装、間近で見る機会として代表的なのは次の通り。

  • チリピにあるコナヴレ・カウンティ・ハウス(Konavle County House ※英語)の展示。民族舞踊を見にいったついでに見てくるとよいです
  • 4 月の復活祭後 〜 10 月終わりまで、チリピの聖ニコラス教会前で毎週日曜日に披露される民族舞踊パフォーマンス
  • ドゥブロヴニク・サマー・フェスティバル、およびウィンター・フェスティバル開催期間中、ドゥブロヴニク旧市街で行われる民族舞踊団リンヂョのパフォーマンス
  • ドゥブロヴニク旧市街にある民族学博物館の展示

購入は、実は生産地に近いツァヴタットより、観光客が多く、お店が通年あいているドゥブロヴニクの方が購入しやすいです。

養蚕からすべて家内工業のコナヴレ刺繍、洋服などの大物はかなり高価になることもありますが、コースターやしおり、ランチョンマットなどの小物は 30 〜 40 クーナくらいからあり、お土産にもおすすめ。

なお、日本のガイドブックに「日本語がしゃべれるおじさんがいる」ということでよく載っている「バチャン・ハンドメイド・プロダクツ(Bačan Handmade Products)」、こちらガイドブックを見ないので知りませんでしたが、地元の人に「ここのは本物」と勧められたので間違いないかと。

実際、奥さん(かな?)がお店番をしている時は、その場で実際に刺繍をされていることがあります。
ついつい見とれてしまう、鮮やかな手さばきです。お店にある製品は、全部ご自分とご家族で作っているものだそうです。すごい。

なお、柄にはそれぞれ意味があるので、興味があったら聞いてみてください。
猫の目の模様、タコの模様、波の模様など、意味を知ると選ぶ楽しみも倍増します。

刺繍に限らず、コナヴレは伝統をとても大切にしていて、住民も、数百年という単位で地元に住んでいる人がほとんど。

伝統的な生活が体験できるファームステイや、ツァヴタット発の伝統見学・体験ツアー(養蚕家、農家、ワイナリーなど)なども最近増えて来ているので、機会があれば是非参加してみてください。
お食事つきツアーではペカなどの伝統料理を楽しめるものがあっておすすめです。